公認会計士・税理士・損害保険仲立人の長谷川賢哉です。島では「けんちゃん」と呼ばれています。
これまで、移住や暮らしや働き方の話をしてきましたが、今日は初めて、僕の本業そのものの話をします。テーマは「離島の税務は、実は面白い」。専門的な解説をするつもりはありません。島で税理士をやっていて、僕が素朴に「これは面白いなあ」と感じていることを書きます。
AI化の前に、IT化だった
少し前置きをさせてください。僕は2020年頃、「このままだとAIに仕事を奪われる」と思って、本業以外の事業もいろいろ始めました。会計の仕事は、遠からず自動化されるだろうと。
ところが、石垣島に来て気づいたのは、まったく別の現実でした。八重山では、クラウド会計がまだそれほど浸透していません。それどころか、今でも手書きの帳簿と現金でやりくりしている事業者さんが、たくさんいらっしゃる。
つまり、AIに仕事を奪われる心配の前に、そもそもIT化がこれからなんです。世間が「AIだ、自動化だ」と騒いでいる一方で、僕は目の前で、手書きの帳簿をどうデジタルにしていくか、という仕事をしている。この、未開のジャングルを一歩ずつ開拓していくような感覚が、実は、たまらなく面白いのです。
固定資産台帳に、牛の名前や、船の名が載っている
島に来て初めて扱うようになった分野もあります。その代表が、畜産です。牛飼いさんですね。
肉用牛には、税務上の特別な取り扱いがあります。恥ずかしながら、僕はこの島に来るまで、その存在すら知りませんでした。名古屋で牛の税務に出会うことは、まずありませんから。
そして、何が面白いって、牛飼いさんの固定資産台帳には、牛の名前が載っているんです。一頭一頭に名前がある。しかもその名付けに、その人の個性が出る。よく考えて情緒たっぷりに名前をつける方もいれば、「まんさく2」みたいに、数字を増やしていく合理的なパターンの方もいる。台帳を見ているだけで、その牛飼いさんの人柄が伝わってくる。数字の書類のはずなのに、こんなに人間味があるのかと、初めて見たときは思わず笑ってしまいました。
固定資産台帳といえば、船舶が載っているのも、島ならではです。マリンレジャーや漁業が身近な島では、事業に使う船が固定資産になる。名古屋の事務所で、台帳に船の名前が並ぶことは、まずありませんでした。牛や船が資産として台帳に並ぶだけで、ああ、島で仕事をしているんだなと実感します。
決算書には、その人の「顔」と、島の文化が出る
これは島に限った話ではないかもしれませんが、島にいるとより強く感じます。決算書や元帳には、その事業者さんの「顔」が出るんです。
たとえば観光業。SNSで話題になっていたり、Googleマップのレビュー評価が高かったりするお店の決算書を見せてもらうと、なるほど、しっかり儲かっている。数字は、島での評判を、ちゃんと裏づけている。
あるいは、交際費の元帳。これを眺めていると、「ああ、この社長は美崎町(石垣島の繁華街です)のあのあたりに、よく通っているんだなあ」というのが、なんとなく見えてくる。もちろん、お店の名前を詮索したりはしませんが、数字の向こうに、その人の夜の顔がちらっと見える。
もっと島らしいものだと、「模合(もあい)」が決算書に出てくることもあります。模合というのは、島の人たちが定期的に集まって、お金を出し合う、昔ながらの相互扶助の集まりです。ある事業者さんの貸借対照表を見ていたら、その模合の掛け金が、きちんと資産として計上されていた。島の人付き合いそのものが、会計の数字になって表れている。これには、うなってしまいました。数字の向こうに、その人の暮らしや、島のつながりまで見える。この、書類から人と文化が立ち上がってくる感じが、税理士という仕事の隠れた面白さだと思っています。
タブレットのレジを、手書きで転記していた話
島のIT化の「これから感」を象徴する、忘れられないエピソードがあります。
ある島の居酒屋さんが、タブレット端末のレジを導入されました。素晴らしい、これでデータが楽に出せる——と思いますよね。ところが、その居酒屋さんが僕に提出してくれた資料は、レジから出力したデータではありませんでした。レジに打ち込んだ日々の売上を、わざわざ手書きのノートに書き写して、それをコピーした紙だったんです。
せっかくの最新レジが、手書きノートへの転記マシンになっていた。これには、正直びっくりしました。でも、笑い話にするつもりはありません。むしろ、これこそが、島で僕がやるべき仕事なんだと思いました。便利な道具はある。でも、その使い方を教える人がいない。そこに、税理士としての僕の役割がある。
一番の違いは、「教える人がいない」こと
名古屋の税務と、離島の税務。一番大きな違いは何かと聞かれたら、扱う業種でも、制度でもありません。情報が、行き届いていないことです。
都会には、新しい制度や便利なツールの情報が、あちこちから入ってきます。教えてくれる人も、たくさんいる。でも島では、その情報を届ける人が、圧倒的に少ない。だからこそ、手書きの帳簿が今も残っているし、タブレットレジが手書き転記になったりする。
ちなみに、離島だからこそ関わる制度もあります。離島の宿泊業向けの優遇税制や、沖縄という地域ならではの優遇税制など、本土では出会わない枠組みがある。こういう「島の世界」がまだまだあって、僕自身、日々勉強させてもらっています。
手書きの人が、3ヶ月で自走し始める
僕が島でやっている仕事は、正直、最初はけっこう大変です。
手書き・現金の事業者さんに、まずネットバンキングを契約してもらう。なるべく現金を使わず、クレジットカードで払ってもらう。それをクラウド会計に連携する。リモート会議のやり方を、対面で教えることもあります。一つひとつ、手取り足取りです。
でも、面白いもので、3ヶ月くらいすると、皆さん自走し始めるんです。自分の会社の数字が、リアルタイムで見えるようになる。すると経営の景色が変わる。「やってよかった」と感謝される。あの瞬間が、この仕事をしていて一番うれしい。単に税金の計算をしているのではなく、その事業者さんの経営そのものを、一段引き上げるお手伝いをしている実感があります。
これは「僕の場合」です
いつもの留保を置きます。ここに書いたのは、IT化がこれからという八重山だからこそ味わえる、僕の見え方です。都会で税理士をしていたら、また違う面白さがあるはずですし、そもそも「牛の名前」に出会うこともなかったでしょう。
そのうえで、独立や移住を考えている士業の方へ、一つだけ。税務に限りませんが、あるエリアの中で「一番の知識を持つ人」を、さらに上回る知識を誰かが持つのは、なかなか難しいものです。裏を返せば、専門知識を持ってその場所に立つこと自体が、それだけで大きな強みになる。都会で埋もれている知識が、場所を変えれば、宝物になることがあるんです。
僕は答えを渡すつもりはありません。渡せるのは、この島で僕が見ている景色だけです。あなたの知識が、どの場所でなら一番輝くのか。それは、あなた自身が考えてみてください。