公認会計士・税理士・損害保険仲立人の長谷川賢哉です。島では「けんちゃん」と呼ばれています。

独立を考えている士業の方から、一番よく聞かれる不安があります。「食っていけるのか」、つまり「顧客は取れるのか」です。今日は、僕が石垣島でどうやって顧客を増やしてきたのかを、正直に書きます。結論から言うと、営業らしい営業をしたのは、たった1件だけでした。

営業したのは、最初の1件だけ

前回・前々回で書いた「旅行中に名刺を配って、電話がかかってきたお客様」。振り返ると、自分から取りにいった営業は、本当にこの1件だけです。

そこから先は、ほぼ全部が紹介でした。今のクライアントの入口をたどると、大半が「既にいるお客様からの紹介」で繋がっています。例外といえば、居酒屋でたまたま隣になって仲良くなり、そのままお客様になった方が数件あるくらい。それも「営業した」というより「島で普通に飲んでいたら繋がった」に近い。

独立前の僕は、「営業しなければ顧客は増えない」と思い込んでいました。でも離島で起きたのは、その逆でした。

紹介してくれるのは、お客様自身と、商工会

では、誰が紹介してくれるのか。これがはっきりしていて、大きく2つです。

1つは、既存のお客様本人。今の関係に納得してくれている方が、知り合いの経営者に「いい人がいるよ」と繋いでくれる。

もう1つが、竹富町商工会です。これは後で詳しく書きますが、団体との繋がりができると、紹介の量と質が一段変わりました。

紹介の連鎖の起点も、今では1つではありません。最初は例の1件からでしたが、今は複数の起点から、それぞれ枝分かれして広がっています。1本の木ではなく、いくつもの苗から林になってきた感覚です。

なぜ、島の人が僕を選ぶのか

島には、もともと税理士がいます。その中で、新しいお客様が「けんちゃんに頼もう」と決めてくれる。その理由を、僕なりに考えてみました。2つあります。

1つは、これはよく言われることですが、「相談しやすい」。

専門知識でも、料金でも、実績でもない。「こんな些細なことを聞いていいのか分からないけれど、けんちゃんには聞きやすい」——そう言ってもらえることが、何より多いのです。

経営者にとって税理士は、聞きたいことがあっても身構えてしまう相手なのかもしれません。数字の専門家に初歩的なことを聞くのは、気が引ける。その心理的なハードルを感じさせないことが、島では一番の強みになっていました。高度な提案より前に、まず「聞きやすい」。これは士業として、覚えておいて損はないと思います。

もう1つの理由は、「場所」だった

そしてもう1つ、これは僕が最初から意図したわけではないのですが、結果的にとても大きかった理由があります。

僕は、竹富町商工会に所属している、唯一の公認会計士・税理士です。

竹富町のことを、少し説明させてください。竹富町は、石垣市とは別の自治体です。役場は石垣島の中にありますが、町そのものは、石垣島の周りに散らばる島々で構成されています。有人島だけで9つ。西表島、竹富島、小浜島、黒島、波照間島、鳩間島、新城島、由布島、嘉弥真島です。日本最南端の有人島・波照間島も、「ちゅらさん」の小浜島も、水牛車の竹富島も、すべて竹富町です。

これだけの島々に事業者がいて、その竹富町の商工会に専門家として入っている会計士・税理士は、僕のほかにいません。

これが何を意味するか。竹富町の事業者が「税理士に相談したい」と思ったとき、商工会といういちばん身近な場所に、僕が一人だけいる。競合の中から選ばれたというより、その場所には最初から僕しかいなかった、という状況です。

独立を考えている方に、ここは強くお伝えしたい。「どんな専門性を持つか」と同じくらい、「どこに、誰がいない場所に自分を置くか」が効きます。同じ資格でも、立つ場所を変えれば、希少性はまるで変わる。都市部で100人の中の1人になるより、供給の空いた場所で「唯一の1人」になるほうが、ずっと選ばれやすいのです。

信頼のためにやったのは、飲みに行くこと

では、その場所で信頼を得るために、特別なマーケティングをしたのか。していません。意識してやったことを1つだけ挙げるなら——飲みに誘われたら、可能な限り参加する。それだけです。

拍子抜けするかもしれません。でも離島では、これが本質的だと感じています。仕事の話は、たいてい仕事の場の外で生まれます。飲みの席で人となりを知ってもらい、「この人になら任せられる」と思ってもらう。島のコミュニティは狭いからこそ、顔と人柄が信用の土台になる。

僕は「営業しなかった」と言いましたが、正確には「営業とは呼ばないやり方で、島に入っていった」のだと思います。

転機は、竹富町商工会だった

紹介の話に戻ります。一番大きな転機を1つ挙げるなら、あるお客様が竹富町商工会に繋げてくれたことです。

そこから、商工会経由での紹介が増えました。さらに、セミナーの講師を依頼されるなど、人前に出る機会も増えていきました。1対1の紹介が「点」だとすれば、商工会という団体との繋がりは「面」です。一度信頼されると、そこから複数の経営者に一気に届く。

この繋がりも、元をたどれば、目の前の一人のお客様に誠実に向き合ったことから始まっています。特別な戦略があったわけではありません。1件を大事にしたら、その1件が、面への扉を開けてくれた。

これは「僕の場合」です

いつもの留保を置きます。ここに書いたのは、税理士が9人しかいない八重山、しかも専門家のいない竹富町という、供給が足りない場所での僕の経験です。競合がひしめく都市部では、同じようにはいかないかもしれません。

そのうえで、独立を考えている方に一つだけ言うなら——営業しなくても、顧客は来ます。ただしそれは、1件1件に誠実に対応していれば、という条件付きです。派手な集客をしなくても、目の前の相手にちゃんと向き合えば、紹介は必ず出てくる。少なくとも僕は、そう実感しています。

答えを渡すつもりはありません。僕が渡せるのは、この経験だけです。あなたの場所で顧客をどう増やすかは、あなた自身が考えてみてください。

次回は、「日本一自由な士業」を名乗る僕の、実際の1週間のスケジュールを公開します。