公認会計士・税理士・損害保険仲立人の長谷川賢哉です。島では「けんちゃん」と呼ばれています。
移住してくる人からよく聞かれるのが、島の人とどうやって仲良くなったのか、という質問です。うまくやった話ではありません。失敗も含めて、実際にやったことだけを書きます。
19時の予約に、主要メンバーが来たのは20時過ぎでした
移住してすぐの飲み会です。10名ほどで19時から、と聞いていたので、名古屋の感覚で18時50分にお店に着きました。
19時を過ぎても、誰も来ません。19時15分にとりあえずビールだけ頼んで、一人で飲みながら待ちました。1人目が来たのが19時40分、主要メンバーが揃ったのは20時を過ぎてからでした。
遅れてごめん、と言われるものだと思っていました。実際に言われたのは「なんで何も料理を頼んでないんだ」です。怒られたのは僕のほうでした。島の洗礼です。
よく会うのに、本名を知らない人がたくさんいます
島の飲み会は、自己紹介が雑です。紹介してくださる方も、その人をニックネームで呼ぶので、本名が出てきません。何度も会っているのに、いまだに本名を知らない方がたくさんいます。今さら聞けません。
名刺交換もあまりしません。何度も顔を合わせて、周りの人がその方をどう呼んでいるかを聞いて、ようやく覚えていきます。
八重山は同じ苗字が多いので、苗字で覚えようとすると余計に分からなくなります。ニックネームのほうが機能しているのだと思います。
気づいたら、みんな居なくなっています
2軒目、3軒目と飲みが深くなると、いつのまにか帰っている人がいます。沖縄の飲み会は、好きな時に来て、好きな時に帰る。そういう自由な場のようです。
新参者だった頃の僕は、その仕組みを知りませんでした。ぽつぽつと人が減っていくのを認識しながら、この会がいつまで続くのかも分からないまま、最後までずっと居ました。そして、居なくなった人の分までお会計を払ったこともあります。
いまは僕も、さっと居なくなる技術を身につけました。5,000円ほど置いて帰ります。
模合の2軒目は必ずスナックでカラオケです。最近は0時には帰るようにしていますが、話が進むと遅くなる日があって、翌朝は二日酔いに苦しみます。
島で最初に練習したのは、指笛でした
島唄のライブをやっているお店によく行きます。そこでの僕の役割は、指笛で盛り上げることです。
指笛は、島に来てから最初に練習したことです。島の人でも、意外と(?)吹けない方が多いんです。吹けたら受け入れてもらいやすくなるだろう、と考えました。
車の運転中にずっと練習していました。音が出るようになるまでに1ヶ月、ライブでそれっぽく鳴らせるようになるまでに4ヶ月かかりました。練習では鳴るのに、本番では鳴りません。緊張しているのだと思います。
あれだけ苦労するとは思っていませんでした。
「あがやー」を、僕は間違えて覚えていました
八重山の言葉です。残念とか、しまった、という意味だと理解していました。実際にその使い方をよく聞きます。
あるとき「あの人、あがやーだからよ」と言われました。関わってはいけない人なんだな、と理解して、僕はかなり焦りました。
あとで知ったのですが、上司や重役といった偉い人を指す使い方もあるそうです。まったく逆の意味でした。意味を取り違えたまま、しばらく過ごしていたことになります。
それでも、まだ入れていない場所があります
事務所を出したとき、「内地の者は信用できない」と面と向かって言われたことがあります。特に何も返していません。仕方ないことかな、と思いました。数年で帰っていく人を何度も見てきた方からすれば、当然の警戒だと思います。
豊年祭、ハーリー、アンガマ。島の行事は見に行っています。ただ、参加しているわけではありません。誰でも見られるものを、見ているだけです。
島出身の方しか参加できないものもありますし、撮影が禁止されているものもあります。
島々の重鎮の集まりには、まだ入れていません。2年8ヶ月経っても、そういう場所はあります。無理に入るものでもないと思っています。
断らないで、居続けただけです
結局のところ、僕がやったのはこの2つだけです。
一つは、誘われたら断らないことです。
島で最初に受けた仕事以外の頼まれごとは、「何時に誰が離島ターミナルに着くから、空港まで送ってあげて」でした。会計や税務の相談ではなく、運転手の依頼です。たぶん、これが正しい順番でした。頼みやすい人だと思ってもらえないと、その先はありません。
もう一つは、いなくならないことです。「内地の者は信用できない」に言葉で返さなかったのは、返しようがなかったからです。数年で帰っていく人を見てきた方に、口で否定しても意味がありません。
模合も、自分から入れてくださいと言って入ったわけではありません。移住した当初はゲストとしてちょくちょく顔を出していただけで、正式に入れてもらったのは移住2年目、メンバーの入れ替えのタイミングでした。顔を出し続けていたら、席が空いたときに声をかけてもらえた。それだけです。
回数を重ねる以外の方法を、僕は知りません。
これは「僕の場合」です
僕は仕事柄いろいろな方に会う機会があり、お酒が飲めて、指笛を練習する時間もありました。条件に恵まれています。住んでいる地区や、来たときの年齢や、家族構成によって、入り方はまったく変わるはずです。
「島の人はこうだ」と書くつもりはありません。僕が会った方々の話であって、島全体の話ではありません。渡せるのは、僕が実際にやったことと、実際に失敗したことだけです。